人形峠のウラン残土
   映画『イエロー・ケーキ 〜 クリーンなエネルギーという嘘』に寄せて

 
=2012・1・23自由報道協会主催の記者会見での報告=
 

2012年1月23日
土井淑平(ウラン残土市民会議運営委員)

 
記者会見
 

イエローケーキ

 ヨアヒム・チルナー監督のドイツ映画『イエロー・ケーキ ― クリーンなエネルギーという嘘』(配給:パンドラ)の劇場公開に先立ち、自由報道協会主催のチルナー監督の記者会見が、1月23日午後7時より東京・半蔵門の自由報道協会会見場で行なわれました。
この記者会見にはパンドラの中野理恵さんの要請で土井淑平も同席し、人形峠のウラン残土について15分ほど報告しましたので、その報告内容を以下に掲載します。

1 人形峠におけるウラン採掘とウラン残土放置

 人形峠におけるウランの探鉱と採掘は、1950年代末から60年代初めにかけまして、国策法人の原子燃料公社(現在の日本原子力研究開発機構)の手で行なわれました。
  当時のウラン鉱山は地図1「人形峠周辺のウラン鉱山」にありますように、鳥取県と岡山県にまたがる人形峠鉱山、東郷鉱山、倉吉鉱山の3つの大きな鉱山群に分かれていました。これらのウラン鉱山跡地で膨大なウラン残土が野ざらしで放置されていたことが発覚しましたのは、30年後の1988年のことでした。
  表2「人形峠周辺のウラン残土の堆積量と放射線量」で見る通りですけど、鳥取県と岡山県の12地区のウラン鉱山跡地に、総量で45万立方メートルのウラン残土が放置されていました。45万立方メートルといいますと、200リットル入りドラム缶で225万本分です。これは日本のすべての原発と核施設からこれまでに出た核廃棄物の総量の2・5倍近くで、すでにこれだけの核廃棄物が入口から出ていたということなんです。放射線量の最大は、この表にあります岡山県の中津河というところが年間換算で約60ミリシーベルト、鳥取県側の湯梨浜町(旧東郷町)の方面が約30ミリシーベルトです。
  ウラン残土に含まれるウラン238は骨や腎臓のガンを誘発しまして、その放射能の半減期は地球の年齢に等しい45億年ですから、つまり放射能は永遠に続く。したがって、こんな厄介なウラン残土が残されたら、たまったものではない。そういうものです。

 

 

人形峠の位置規制値

ウラン残土の量


方面の放射線量

 

2 ラドン汚染とラドン被ばく

 ウラン残土はウランの崩壊によりまして発生する沢山の放射性物質を含んでおりますが、なかでも危険なのは肺ガンの原因になるラドンです。ラドンは気体ですので口から肺に取り込みます。
  実は、ウラン鉱山の汚染と被ばくの主役はこのラドンです。これはもう人形峠に限らず、今回の映画『イエローケーキ』にも出てきますドイツ、ナミビア、オーストラリア、北米カナダのどのウラン鉱山でもまったく同じです。
  わたしたちは京大原子炉実験所の小出裕章さんとの共同調査で、鳥取県側の東郷鉱山方面地区のウラン残土の放射能汚染を徹底的に調査いたしました。なかでも空気中ラドンの測定に全力を挙げました。
  その結果を示したのが、表4「方面地区の空気中ラドン濃度の分布と変遷」です。 これによりますと、ウラン鉱山跡地の下1号坑に坑口がむき出しの鉱山がありまして、ここで1立方メートル当たり2万2000ベクレルという異常な高濃度を記録しました。

 ちなみに、国内の屋外の空気中ラドン濃度の平均値は、1立方メートル当たり5ベクレルですから、この2万2000ベクレルというのは4400倍に当たる異常な高濃度です。また、この表5に示しております「ラドン220についての法令規制値」をはるかに超え出ています。こういう高濃度のラドンが鉱山跡地から谷筋を下って集落にまで及んでいる、そういう汚染の実態が分かりました。
  表6「各ウラン鉱山における肺ガン死の予想発生数」は、わたしが国会図書館から入手しました『原子燃料公社年報』のデータを小出裕章さんに分析してもらったその結果です。人形峠周辺の延べ1000人の採掘労働者が働いていましたが、そのうち70人の肺ガン死が避けられない、そのような結果です。
  これは推計値ですけど、表7「ウラン採掘以後の方面地区のガン死者」は、ウラン採掘以後の方面地区のガン死亡者です。これは方面地区のこれから簡単に説明します、ウラン残土撤去運動の中心人物となりました榎本益美さんが、実地に調査しましたウラン採掘以後の方面地区のガン死者の実態です。これによりますと、方面地区で11人の住民が実際にガンで亡くなり、そのうち6人が肺ガン死しております。

 

 方面のラドン
ラドンの危険性とウラン鉱山労働者
ラドンの規制値死亡者数


 

 

3 方面地区のウラン残土撤去運動

 人形峠周辺の鳥取・岡山両県の12地区のウラン鉱山跡地のうち、住民がウラン残土の撤去を要求して立ち上がったのは、鳥取県側の東郷町(現在、湯梨浜町と呼んでいますけど)の方面地区だけです。ここでは紆余曲折のすえ18年の歳月をかけまして撤去を実現しました。
  方面地区にはさきの表2にありますように、1万6000立方メートルのウラン残土が放置されておりましたが、そのうち放射線レベルの高い3000立方メートルを撤去する協定書が、1990年に旧動燃(現在の日本原子力研究開発機構の前身)と方面自治会の間で結ばれました。
  しかし、動燃は撤去先に予定していた人形峠事業所のある岡山県がですね、持ち込みに反対するということで、まあこれさいわいというか、協定書の履行をズルズルないしはノラリクラリと言い逃れ、先送りし引き延ばしてまいりました。表8と表9に年表を挙げていますけど、この表9にありますように、方面地区のウラン残土撤去先は実に2転3転どことか5転6転いたしました。そして、岡山県と鳥取県の両方で核のゴミ戦争≠ェ起こりました。鳥取県内でも自治体と自治会のあいだで起こりました。
  こうした状況のなかでこれを打開したのが、元ウラン鉱山労働者の方面地区の榎本益美さん、そして、これを支援したわたしたちが1999年にウラン残土1袋を自主撤去する実力行使を行なったことでした。これは大きな衝撃を与え、その翌年の2000年にはですね、方面自治会と榎本益美さんが、それぞれウラン残土撤去の訴訟を起こしました。訴訟は2つありました。
  そのうち、方面自治会の訴訟は、それまで動燃と科学技術庁(現在の文部科学省)べったりだった前県政のウラン残土行政を180度転換しました片山善博・鳥取県知事が行政支援しました。裁判に勝ちました。そして、最高裁の決定で2006年に撤去が完了しました。原発本体の訴訟ではありませんが、原発関連の訴訟としては日本で唯一の勝訴です。片山善博知事は菅政権の総務大臣をつとめた方ですが、県知事が自治会の訴訟を支援するのは、わたしは明治このかた日本の歴史上でも前代未聞の画期的な出来事だったと考えています。
  この間18年、方面地区はわずか20世帯の小さな寒村ですが、この寒村の住民たちが動燃・国・県・町の何重もの圧力に抗しまして、粘りに粘りついに要求を貫徹しました。これはわたしはいまでも奇跡のように思われてなりません。
  ただ残念なことに、3000立方メートルのウラン残土のうち、放射線レベルの高い290立方メートルが、アメリカのユタ州にある先住民の土地にですね、製錬するという名目で輸出されました。これは6億6000万円の国民の税金を使って、製錬≠フ名目の鉱害輸出≠ナあったとわたしは考えます。
  しかも、方面地区から撤去された3000立方メートルを除けば、いまなお人形峠周辺の45万立方メートルのウラン残土が、立ち入り禁止柵を設けただけで、ほとんどそのまま手つかずに野積みで放置されていることです。
  ところで、45万立方メートルの膨大な残土を残して採掘された人形峠のウランは、せいぜい100万キロワットの原発半年分の燃料だったのです。当時、有望と見られた人形峠のウラン鉱山は、質量とも商業ベースに乗るようなものではありませんでしたので、日本は海外からの輸入に転換しました。
  それでは、現在、54基の原発の燃料となるウランを輸入している外国のウラン採掘地では、いったい何が起きているのでしょうか。それに対する回答が今回の映画『イエローケーキ』だとわたしは思います。それはフクシマの大事故以前に、世界のどのウラン採掘地でも住民たちが大変な被ばくして働き、つぎつぎと肺ガンの犠牲になっていっています。
  そして、人形峠の何十倍何百倍何千倍もの巨大なウラン残土の山、あるいはまた、映画のなかで選鉱クズとして出てきます始末におえないウラン鉱滓のダムが、巨大な湖のような茫漠と続き広がっておりますが、この取りつく島もないような選鉱クズ=ウラン鉱滓、これはいったい誰がどう始末するのでしょうか。
  原発が「クリーンなエネルギー」だなどとというのは、この映画『イエローケーキ』を見れば一目瞭然の真っ赤なウソだとわたしは思います。この映画はドイツ、ナミビア、オーストラリア、カナダのウラン採掘地の実情を5年の歳月をかけて撮影されたものですけど、わたしは「原発は入口から出口まで放射能のタレ流し」によって成り立っていると結論せざるを得ません。

 
人形峠年表
方面地区のウラン残土撤去先
 

4 人形峠から見たフクシマの問題

 最後に、人形峠から見たフクシマの問題にちょっと触れまして、わたしの説明を終わります。周知のように、昨年暮れ野田首相は「福島第一原発事故の事故収束宣言」を出しましたが、これはフクシマの事故でいまなお避難されている住民や県民の皆様に対する、わたしは冒涜だとと思います。
  ご存知と思いますが、埼玉県で役場ごと避難生活を送っておられる双葉町の井戸川克隆・町長は、「とんでもないことだ。私は認めるわけにはいかない」「政府はいまだにうそをついている 。事故は終わっていない」、と憤りを口にされています。
  それだけでなく、先日の脱原発世界会議のあとのインタビューがユーチューブに出ていましてわたしも見ましたが、井戸川町長は「自分も原発を誘致した共同責任はある」とそれを認めたうえで、国が自分たちを見捨てようとしていると批判し、さらに重要なことはいま説明しました人形峠のウラン残土の問題にこと寄せて、「人形峠の加害者である日本原子力研究開発機構はフクシマに入ってきてほしくない」、と言っておられるのです。わたしは「よくぞ言ってくれた」と申し上げたい。
  なぜなら、自ら発生させたウラン残土の処理もできず、その一部をアメリカの先住民の土地に押し付け、しかもいまなお45万立方メートルのウラン残土をそのまま人形峠に放置しているこの日本原子力研究開発機構は、フクシマに入る資格はないし、フクシマ事故の処理などもってのほかだと考えます。
  そればかりではありません。人形峠のウラン残土を放置し、それが発覚したあとももみ消しを図ったのは、日本原子力研究開発機構の監督官庁だった科学技術庁(現在の文部科学省)、そして、通産省(現在の経済産業省)だったのです。
  方面地区のウラン残土撤去運動において、住民と自治会の前に立ちはだかったのは、この日本原子力研究開発機構だけではなく、これら科学技術庁とか通産省といった原子力官庁でした。福島第一原発事故のあと、いわゆる「原子力村」が注目を浴びるようになりましたが、わたしは最近出しました『原子力マフィア ― 原発利権に群がる人びと』(編集工房朔発行、星雲社発売)という本で、「原子力村」じゃなくて「原子力マフィア」であると言い換えまして、その歴史的な起源と構造分析を試みましたが、原子力官庁は原子力産業とわたしは共同正犯であると考えざるを得ません。
  わたしの人形峠のささやかな経験からいわせてもらえば、フクシマの事故処理は人形峠の比ではありません。はるかに巨大な規模と複雑さで、厄介な核のゴミ戦争≠もたらさざるを得ないだろう、と危惧しています。それは汚染された汚泥とかガレキだけじゃありません。より厄介な原発の廃炉のあと始末をめぐっても、核のゴミ戦争≠ヘ持ち上がってくるだろう。
  核のゴミ≠ニいうよりは実は核の毒物≠ニいうべきでして、技術的にも処理できないような核の毒物≠大量にまき散らしているわけですから、それを人に押し付けようとしても、それを受け入れるのは土台もともと無理な話だと思います。わたしは核廃棄物は技術≠ニ人事≠フ両面から、八方塞がりと考えざるを得ません。
  最後になりましたが、この人形峠のウラン鉱害につきましては、さきほど来申しました方面地区のウラン残土撤去運動の中心人物の榎本益美さんが、小出裕章さんの解説で『人形峠ウラン公害ドキュメント』を北斗出版から出しております。残念ながら、これは絶版です。現在、唯一の基本文献は、わたしと小出裕章さんが批評社から出しております『人形峠ウラン鉱害裁判』(共著)で、これはいまでも新版が出ております。
  この3月には、わたしと小出裕章さんでやはり共著『原発のないふるさとを』を同じ批評社から出します。ここでも1章設けて人形峠のウラン残土について取り上げております。もう一つ、農文協からわたしが『フクシマ・人形峠・核廃棄物(仮題)』という本をやはり3月に出版する予定で、ここでも1章取り上げてフクシマの事故を踏まえて、人形峠のウラン残土について再考していますので、ご参照いただけましたらさいわいです。どうも長々と有難うございました。

                   (編注)収録にあたって小見出しをつけました。 またデータの一部を微修正しています。

   
 

ドキュメンタリー映画
『イエロー・ケーキ ― クリーンなエネルギーという嘘』

  (ヨアヒム・チルナー監督/配給:パンドラ)
 

=劇場公開日程=

◇2012年1月28日(土)より
アップリンク(東京・渋谷区)
03−6825−5503
◇2012年2月18日(土)より
シネ・ヌーヴォ(大阪・西区九条)
06−6582−1416

=お問合せ先=  株式会社 パンドラ

〒104−0041 東京都中央区新富2−12−6 片山ビル3階
TEL    03−3555−3987
FAX    03−3555−8709
Eメール info@pan-dora.co.jp
HP   http://www.pan-dora.co.jp/

 

 

<予告編:音声ドイツ語>

 
※なお、同じ報告を土井淑平の公式HP(http://actdoi.com)にも掲載して います
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