人形峠周辺のウラン残土堆積場の現状と対策

 
― 鳥取県三朝町に在住の住民の質問に答えて ―
 

2011年9月8日
土井淑平(ウラン残土市民会議運営委員)

 

 福島第一原発事故で大量の放射能がまき散らされ、大気・土・水・山野・田園・河川・海洋・農畜水産物・汚泥・がれきなどが広範囲に汚染され、事故を起こした1〜4号炉の廃炉のあと始末ともども、それら汚染物のあと始末が超長期にわたる大問題となってきています。
  その1つの先例とも原型ともいえる人形峠周辺のウラン残土はどうなっているのでしょうか?鳥取県湯梨浜町の方面(かたも)地区のウラン残土問題は、3000立法メートルの撤去とレンガ加工の終了で一区切りつきましたが、これで人形峠周辺のウラン残土問題が片付いた、と受け取られたら大間違いです。
  折しも、鳥取県三朝町の神倉(かんのくら)地区のウラン残土堆積場について、今後の汚染の可能性も含めて不安をぬぐえないとして、三朝町在住の住民よりウラン残土市民会議の意見を求める質問が寄せられました。わたしの認識の範囲で回答をしましたので、若干加筆のうえ公開します。
                                 
一 神倉地区のウラン残土堆積場
1、人形峠周辺のウラン残土は岡山県と鳥取県をまたいで、12地区に約45万立方メートルが野ざらしで放置され、あとは野となれ山となれ≠フ言葉通り、まさしく雑草と灌木に覆われた荒れ放題の山野の状態です。このうち、鳥取県側の神倉地区は採掘当時は「東郷鉱山」に含まれていましたが、その後「人形峠鉱山」に組み替えられました。
2、すでにウラン残土市民会議のホームページでご覧になっているかもしれませんが、本ホームページの「資料箱」の「人形峠周辺のウラン残土堆積場の放射線データ」表2「人形峠周辺のウラン残土の堆積量と放射線量」に、基礎データが掲載してあります。
3、神倉地区のウラン残土は7万1700立方メートルと鳥取県側では最大の堆積量で、放射線量は旧動燃(現在の日本原子力研究開発機構の前身)の測定では 年間換算で1.8〜7.3ミリシーベルトですが、わたしたち市民グループの測定では最大値が131.4ミリシーベルトと方面(かたも)をも超えて異常に高かった事実があります。
4、その当時、神倉地区は紅葉のころ行楽で散策したり、山菜の生息地なので山菜とりに来る人たちがいる、と聞きました。つまり、神倉地区は山間部の堆積場とはいえ、人びとの生活圏にあったということです。かつて、わたしたち市民グループが、方面地区だけでなく神倉地区も含めて、全地区のウラン残土の全量撤去を旧動燃と鳥取県に要求したのも、こうした事情が背景にあります。
5、三朝町の当局と住民の一部は、方面地区のウラン残土を人形峠の鳥取県側の県有地で一時保管する案が1996年4月に基本合意されると、これに官民で反対し同案は頓挫しましたが、そのさい灯台下暗しで、自分たちの神倉地区に放置されている県内最大の7万1700立方メートルのウラン残土については、完全に頬かむり≠決め込むという不誠実な態度に終始しました。県境に仮置きされる方面地区のウラン残土は危険≠セが、足下の神倉地区のウラン残土は安全≠セから問題にしない、とでも言わんばかりの屁理屈は成り立ちません。

二 ウラン残土堆積場の放射能汚染
1、ウラン残土堆積場からは、肺ガンの原因物質である気体のラドンが大気中に、ラドンの1つ前の放射性核種で骨や肺のガンを誘発するラジウム、あるいはまた、骨や腎臓のガンを引き起こすウランなどが、かりに濃度は高くなくとも水に溶けて河川や田畑に流れ込んでいることは間違いありません。
2、わたしたち市民グループは京大原子炉実験所の小出裕章さんとの共同調査で、方面地区については大気・土壌・水・河川・植物・農作物などの放射能汚染の実態を系統的に解明してきました。だが、方面と隣接の麻畑地区での一部調査を除けば、他地区の放射能汚染は調査していません。他地区でも調査すれば、それなりの汚染が実証されるはずです。
3、いわば国のやらせ≠ナウラン残土行政を進め、動燃広報部≠ネいしは科技庁代理店≠ニして、方面地区のウラン残土撤去要求を長年弾圧してきた鳥取県の西尾邑次知事時代に、御用学者を集めて設けられた「鳥取県放射能調査専門家会議」は、肝心のウラン残土堆積場とその近辺の放射能汚染は何一つ調査せず、遠く離れた周辺環境について「自然放射能の分布の範囲内」の決まり文句を繰り返してきたので、何ら信用に値しません。 
4、そればかりか、「鳥取県放射能調査専門家会議」は、ラジウム温泉で知られる三朝温泉のラドン濃度を引き合いに、ウラン残土堆積場のラドン濃度は三朝温泉に比べてケタ違いに低いことを強調してきましたが、これは逆立ちした議論です。ウラン残土堆積場に比べてもケタ違いに高い三朝温泉の高濃度のラドンこそが実は大問題で、三朝温泉の温泉従業者の血液リンパ球の染色体異常は一般温泉に比べて有意に高く、それはイギリスの原潜の乗組員の染色体異常と同レベルだ、との東京医科歯科大学の外村晶・元教授(遺伝学)の調査結果もあります(残念ながらこのデータは伏せられました)。
5、三朝温泉がいまだにラジウムを売り物にしているのは、まったくの時代錯誤であり、全国各地のラドン温泉も同様で、わたしはこれを国民的迷信≠ニ呼んでいます。ラジウムやラドンが出る温泉は換気をよくして、つとめてラドンを外に逃がさないといけないのです。三朝町がキュリー祭でまつり上げるキュリー夫人は、たしかにラジウムの発見という科学上の業績はありますが、夫人自身も含めてキュリー一家が放射能の被ばくで相次ぎ犠牲になるという、科学上の発見の裏面である被ばくという負の歴史の発端に立つ人でもあったのです。この負の歴史が無視されて、発見されたラジウムがあたかも恩恵をもたらすかのごとき扱いは、まったく理解できません。

三 置き去りにされたウラン残土対策
1、人形峠周辺のウラン残土の状況ですが、ウラン残土の一部を撤去して覆土・成形した岡山県側の中津河地区(5万1100立方メートル)と鳥取県側の方面地区(1万6000立方メートル)のウラン残土堆積場を除けば、人形峠周辺の計45万立方メートルのウラン残土の大半は立ち入り禁止柵と土砂止めえん提を設けただけで、そのまま野ざらしで放置されているのが現状です。つまり、なんら抜本的対策も環境復旧事業もなされていないのです。
2、ちなみに、アメリカでは1978年の「ウラン製錬鉱滓放射線管理法」が制定され、これに基づいて米環境保護庁(EPA)は1983年に公衆の健康・安全・環境保全のための連邦基準を策定し、これに従ってエネルギー省(DOE)は操業を停止した24のウラン採掘・製錬施設で、残留放射能汚染に対する環境復旧計画を進めました。この米国の基準も甘くずさんなものですが、方面地区や麻畑地区の土壌中のラジウム濃度や大気中のラドン濃度は、米国の基準をも上回る汚染状況で、人形峠周辺のウラン残土堆積場の抜本的な環境復旧計画が必要です。
3、1999年12月、方面地区のウラン残土堆積場の地権者である榎本益美さんが、自分の土地に放置された貯鉱場跡のウラン鉱石残土を1袋掘り出し、支援者とともに旧核燃(旧動燃の改称、現在の日本原子力研究開発機構の前身)の人形峠環境技術センターに自主撤去する実力行使に出たあと、そのあおりで旧核燃があわてて発表した2000年3月の「方面捨石たい積場問題について」の「技術的検討結果」では、ウラン残土対策として@ウランやラジウムを化学的方法で回収するA坑道(トンネル)に埋め戻すBウランやラジウムが地表水に溶け出すのを防止し、覆土等で放射線レベルを低下させる ― の3つの方法を提示し、Bの方法がもっとも適切との見解を出しました。だが、その方法によるウラン残土対策が取られたのも、さきに述べた中津河地区と方面地区だけで、あとは放置されたままです。
4、鳥取・岡山県の人形峠の県境をまたがって12地区に放置されているウラン残土は、抜本的対策による環境復旧計画が立てられなければなりまん。方面地区のウラン残土の一部撤去と人形峠県境でのレンガ加工が終わったから一件落着では決してなく、むしろ福島原発事故の先例として汚染された土壌や植生の環境復旧を求めていく必要があります。
5、民有地にウラン残土が放置された方面地区と違って、神倉地区のウラン残土堆積場は国有地で、その請求が容易でないという事情もあるでしょう。何よりも地元の住民のみなさま自身がこの問題を自覚し、自治体や原子力機構に働きかけるのが前提ですが、後続の将来世代の行く先々ことを考えると、ウラン残土の放置を知ったわたしたちの世代全体の責務でもあるとも自戒しています。

(追記)ラジウム温泉で有名な三朝町の三朝温泉については、拙著『人形峠ウラン鉱害裁判』(批評社、2001年初版、2011年重版)の第二章の3「ラジウム温泉やラドン温泉も危険」も参照して下さい。

 
【ウラン残土対策がとりあえずなされたウラン残土堆積場】
   
放置発覚時の中津河地区のウラン残土堆積場  
中津河 岡山・鳥取両県の社会党・県総評の調査団が視察。市民グループも同行し調 査する。草ぼうぼうで小高 い自然の丘のようだった。
(1988年8月撮影)
   
覆土・成形された中津河地区のウラン残土堆積場  
中津河2 旧動燃のPR館に比較的近い堆積場。このためか、ウラン残土のごく一部 1200立方メートルを撤去し、    覆土・成形して芝生で覆う工事が実施された。
(1990年10月撮影)
   
方面地区の旧ウラン鉱山の下1号坑坑口  
方面 荒れ放題のウラン残土堆積場の口を開いた下1号坑坑口。国際ウランフォー ラム・倉吉の機会に、ホピ族やナヴァホ族の米国先住民を現地に案内した。
(1991年1月撮影)
   
コンクリートで塞がれた下1号坑坑口  
方面2 日本原子力研究開発機構は放置発覚から18年後の2006年11月、ウラ ン残土3000立方メートルの撤去作業を完了。コンクりートで固められた下1号坑坑口の坑口前に立つの は、撤去運動の中心人物の榎本益美さん。
(2011年8月撮影)
   
   
【鳥取県三朝町神倉地区のウラン残土堆積場】
   
措置工事中の神倉地区のウラン残土堆積場  
神倉4
ウラン残土の放置発覚後、措置工事中を進めたが、工事は立ち入り禁止柵の設置と土砂止めえん堤の設置が基本。
(1991年1月撮影)
   
神倉地区のウラン探鉱坑口  
神倉
神倉地区のウラン探鉱坑道の坑口。ウラン残土の堆積量は7万1700立方 メートル。鳥取県側では最大の堆積量である。
(1991年1月撮影)
   
草ぼうぼうの神倉地区のウラン残土堆積場  
上倉 ススキなど雑草と灌木に覆われたウラン残土堆積場。写真撮影をするのは現地取材に訪れたフォト ジャーナリストの豊崎博光さん。その向こうに立つのが方面の榎本益美さ
ん。
(1991年1月撮影)
   
神倉地区のウラン残土堆積場で放射線測定  
神倉 雑草と灌木を縫って放射線測定をする市民グループ。神倉地区では年間換算 で最高131ミリシーベルトの放射線量が観測された。左上に立つのが豊崎博光さん。
(1991年1月)


 

   
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