方面地区のウラン残土撤去運動の1つの区切りだが、
人形峠周辺には膨大なウラン残土が放置されたままである!

 
― ウラン残土のレンガ加工終了へのコメント ―
 

2011年7月1日
土井淑平(ウラン残土市民会議運営委員)

 

 本稿はエネルギー政策MLにわたしが投稿した記事を中国地方反原発反火電等住民運動市民運動連絡会議が機関誌『ニューズレター』(2011年7月26日)に再録し、さらにそれにわたしが若干加筆して再々録したものです。

 鳥取県湯梨浜町の方面(かたも)地区から撤去されたウラン残土のレンガ加工が、2011年6月30日に終了しました。読売新聞と朝日新聞の7月1日の本紙(大阪本社)と鳥取版にも出ていますが、わたしも複数の新聞社から取材を受けました。
  わたしは以下の骨子で意見を述べました。

@20年以上に及んだ方面地区のウラン残土撤去運動では一つの区切りである。
Aだが、方面地区のウラン残土の一部が、米国ユタ州の先住民の土地に6億以上の税金を使って鉱害輸出されるという禍根を残した。
B人形峠周辺にはいまなお45万立方メートルもの膨大な残土が野済みのまま放置され、何の解決にもなっていない。
Cウラン残土のレンガ加工品は日本原子力研究開発機構の敷地内で使用・管理すべきものだが、それが一般に販売され拡散したのは核のゴミのスソ切りで許されない。
D人形峠のウラン残土問題の経緯は始末におえない福島事故炉の廃炉・核廃棄物の管理に重大な問題をんげかけている。

 むろん、ほとんど記事では取り上げられませんでしたが。
  読売本紙に出た記事で、方面地区のウラン残土撤去運動の中心人物の榎本益美さんの「長い戦いにやっと区切りがついた。福島第一原発の事故で原子力の負の側面が再び注目されており、事業者は直視してほしい」との発言が引用されています。
  読売鳥取版の記事には、わたしの発言が以下のように紹介されています。「方面地区の撤去運動を支えてきた「ウラン残土市民会議の土井淑平運営委員(鳥取市)は「残土はきわめて今日的な課題を投げかけている。福島第一原発事故の廃炉より発生する大量の高レベル放射性廃棄物は10万年にわたる管理が必要だ。50年前に掘り出した残土の処理も難航したのに、膨大な核のゴミに現在の人間が責任を持ちうるのか。原子力利用の負の部分に社会は真剣に目を向ける必要がある」と指摘している」と。
  朝日鳥取版の記事も、「方面地区という小さな集落と国の20年以上にわたる異例の闘いだった。二転三転、すったもんだして大変だったが、住民の頑張りがひとつの区切りをつけた。いまだに奇跡のように思っている」、とのわたしの談話を載せています。


 

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