人形峠ウラン残土問題(再録)        
 ウラン残土レンガ15万個が一般に頒布されていた!

 

2010年3月7日
ウラン残土市民会議運営委員
土井淑平

 

(本稿は日本消費者連盟『消費者レポート』No.1457、2010年3月7日より再録したものです)

 人形峠は岡山県と鳥取県の県境に位置し、日本の原子力開発の初期の1950年代末から60年代初めにかけて、ウランが採掘された場所です。
 しかし、埋蔵量も品質も採算ベースに乗らず、ウラン残土の袋原子燃料公社(現在の日本原子力研究開発機構の前身)は、45万立方メートルにも及ぶ膨大な量のウラン残土を放置して撤収しました。これまで日本の原発から出た低レベル核廃棄物の累計の2倍以上の量です!
 1988年にウラン残土の放置が発覚。私たちは京大原子炉実験所の小出裕章氏との共同調査で、ウラン残土の放射能による環境汚染の実態を明らかにし、つぎつぎにデータを発表して警鐘を鳴らしてきました。
約37万個のレンガはどこへ?
 人形峠周辺の岡山・鳥取両県12地区のウラン鉱山跡地のうち、ウラン残土の撤去を要求して立ち上がったのは、鳥取県側の東郷町(現在は湯梨浜町)の方面(かたも)地区の住民と自治会だけでした。
 方面地区の自治会は18年間もウラン残土の撤去を要求し続け、最後には裁判に持ち込み最高裁の決定で、2006年に放射能レベルの高いウラン残土3000立方メートルの撤去を実現しました。
 原子力機構は人形峠県境の鳥取県側県有地で、この撤去したウラン残土をセメントで固化して100万個のレンガに加工、2011年までに県外に搬出すると約束していました。
 昨年12月31日の日本海新聞によると、レンガへの加工数は約60万個。そのうち、約15万個は34都道府県の一般に頒布。約37万個は国内の原子力機構の関連施設に搬出されましたが、その搬出先は公表されていません。
 方面地区のウラン残土撤去の運動を支援してきた私たちウラン残土市民会議は、ウラン残土レンガの搬出は原子力機構の関連施設にのみ限定されるべきで、一般への頒布は核のゴミ≠フスソ切り≠ノ相当するので、もってのほかと考えています。
 しかも、搬出先の名前を公表せず、なし崩しにウラン残土レンガの搬出を進めていくやり方も、この情報公開の時代にとうてい容認できるものではありません。
放射能垂れ流しの原子力開発
 ウラン残土の経過と問題点については、私と小出裕章氏の共著『人形峠ウラン鉱害裁判』、あるいは、拙著『環境と生命の危機- ― 核のゴミは地球を滅ぼす』(いずれも批評社)を参照して下さい。
 それを読めば、原子力開発が入口から出口まで、放射能のタレ流しで成り立っていることが分かるはずです。しかも、ウラン238の放射能の半減期は45億年ですから、それを含むウラン残土は地球の年齢を越えて半永久的に放射能を出し続けるのです!!
 原子力が地球温暖化を防ぐクリーンなエネルギーだといった主張も、捨て場がなく始末におえない核のゴミ≠ニいうよりも核の毒=Aなかんずく、ウラン残土よりもはるかに危険な高レベル核廃棄物がどんどん増え続けている現状を考えると、まがまがしい宣伝 と言わざるを得ません。


 

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