ウラン残土訴訟を支える会2006年総会      
                          2006年11月11日(土)
        消えない毒物
          
京都大学原子炉実験所  小出 裕章

1.被曝は危険、ウランは永遠の毒物

 榎本さん訴訟で、私は合計8通の意見書を書き、被曝は如何に微量のものであっても危険があると述べた。地裁の判決はおおむね私の主張を認めたが、高裁判決は微量の被曝が危険だというのは仮説に過ぎないと切り捨てた。科学がすべてを解明できることは永遠にありえず、歴史の一時点を取れば、その時々に科学は常に仮説を抱えている。むしろ、その時その時で一番合理的な仮説の集合こそが科学そのものといってもいい。そして、現時点での科学の到達点は、いかなる微量の被曝であっても必ず影響があると言うものである。

 高裁の判決を書いた裁判官がそれすら理解できないほど馬鹿であったのかもしれないが、おそらくはサラリーマンとして名誉も地位も欲しい裁判官が国側の主張を切り捨てられなかったのであろう。愚かにも浅ましいことだと思う。 自然には放射能を分解したり、浄化する力がない。したがって放射能を環境に捨てれば、放射能がそれ自体の寿命で減ってくれるのを待つ以外にない。ウラン残土とは地底から掘り出されたウラン混じりの土砂のことであり、ウランの含有量が低く金儲けにならないとの理由で、坑口周辺にそのまま投げ捨てられたものである。含有されているウランの主成分はウラン238で、それは半減期45億年の放射能である。人類の歴史など数百万年であることを思えば、ウラン残土は永遠の毒物となる。


2.アメリカ先住民に押し付けられた方面の残土

 榎本さんという傑出した人物がいたおかげで、長い闘いの末、ついに方面の残土は動いた。ただし、方面にある1万6000m3のうち、現在までに動いたのはわずか290m3(約500トン)である。その290m3の残土は動力炉核燃料開発事業団(動燃。この間、組織は核燃料開発機構を経、さらに原子力研究開発機構に変わっていた))が鉱帯部分と認め、撤去を約束していた残土のうちでも特にウラン含有量の高い残土であり、動燃によるとそのウラン含有率は300ppmである。ウラン鉱石として世界で通用するのはおよそ0.2%、すなわち2000ppm以上の八酸化三ウランを含有したものであるが、かつて原子燃料公社が鉱石と認めたのは100ppm以上のものであった。したがって、この原子燃料公社の基準に従えば、この残土は立派な鉱石であるし、もともと原子燃料公社人形峠事業所に運び込んで製錬すべきものであった。

 しかし、岡山県が動燃人形峠事業所への搬入を拒否し、日本国内で他に残土を撤去できる場所がないとの理由で、動燃は残土の撤去を拒否してきたのであった。もともと、製錬によってこの残土からウランを100%完璧に分離したとしても、その量は高々150kgにしかならないし、値段にすれば、せいぜい100万円である。しかし今回、動燃は商業的な製錬を名目に6億6000万円の資金を使って米国ユタ州にあるホワイトメサ製錬場にこの残土を運んだ。そのような行為が商業的であるはずがないし、何よりも問題なことはそこがアメリカ先住民の土地であることである。

   

3.方面と人形峠に残された残土

 動燃による陰に陽にの切り崩しによっても方面の住民の闘いは挫けなかった。それを私はありがたく思うし、わずか290m3であっても残土が動いたことを喜びたい。しかし、動燃が撤去を約束し、最高裁でも撤去すべしと判決が確定した総量は3000m3である。この2つの数値の差2710m3分の残土は方面地区から搬出し、レンガに焼いた上で鳥取県外に搬出す

表1  残土の種類と量    (単位はm3)
フレコンバックに詰めた量 290
鉱帯部分として撤去を約束した量 3,000
方面にある全量 16,000
人形峠にある全量 450,000
ることになった。しかし、残土をレンガに焼いたところで、ウランがウランでなくなるわけではない。相変わらず、半減期45億年の放射性物質として存在し続ける。それを一体どこに運び出そうとするのか、今後の監視が大切である。
 また、方面にはもともと1万6000m3の残土がある。現在撤去が約束されている残土はそのわずか20%にも満たない。今後も、方面の住民たちは日夜流れ下ってくるラドン、および風雨のたびに崩落して沢沿いに流れてくる残土に被曝し続けることになる。その上、人形峠全体で見れば、残土は45万m3あり、ようやくにして方面から動く3000m3の残土はその1%にも満たない。ウランを採掘した一切の責任は国にあるが、その国は何の責任もとろうとしないし、岡山県にも鳥取県にも残念ながら根本的に住民を守ろうという姿勢がない。

4.日本が世界に押し付ける核のごみ
 1955年末、当時は名もなき峠であった人形峠においてウランが発見された。静かな山村は一躍宝の山に変わったが、その後約10年の試掘を繰り返した挙句に得られたウランは総量で86トン、一基の原発を半年運転するにも足りなかった。現在人形峠周辺に野ざらしにされている45万m3の残土は、そんな無意味な行為が残した爪跡であった。一方、現在日本には55基、100万kWの原発に換算すれば約50基分の原子力発電所が稼動中で、毎年9000トンの天然ウランが必要である。これは人形峠ウラン鉱山が掘り出したウランの100倍を超える量であり、それだけ大きな傷跡を環境に残していることになる。人形峠ウラン鉱山が潰れてしまって以降、日本にはウラン鉱山はなく、日本の原子力開発を支えるウランはすべて海外から輸入されている(図3参照)。当然、日本で私たちが原子力の恩恵を受けるツケは海外に負わされているのであり、それらの多くは米国でもオーストラリアでも、アフリカでもいわゆる先住民たちの土地である。彼らはいまだに電気の恩恵に受けていないし、もともと自然に寄り添うように生活してきた人々である。
 日本政府の思惑通りに原子力開発が進んでしまえば、2010年までの累積ウラン需要量は28万トンになる(図4参照)。これは人形峠で採掘した量の3000倍以上の量であり、それによるすべての汚染を海外に押し付けることになる。一体私たち日本人とは何者なのであろうか?