放置発覚から18年、鳥取県湯梨浜町方面地区
3000立方メートルのウラン残土撤去完了
「ウラン残土訴訟を支える会」を「ウラン残土市民会議」に改組
2006年11月12日
ウラン残土訴訟を支える会
(代表 石田正義)
 最高裁決定で撤去命令が確定していた鳥取県湯梨浜町方面(かたも)地区のウラン残土3000立方メートルが11月11日、放置発覚から18年ぶりに撤去を完了しました。
 日本原子力研究開発機構はこの日朝8時30分から、方面地区の公民館で住民に撤去作業の概要を説明したあと、雨の中ウラン残土堆積場に残る4袋(1袋約1立方メートル、約1.6トン)を方面地区から搬出しました。
 すでに290立方メートルは昨年9月に米国に搬出ずみで、残りの残土2710立方メートルは今年8月10日より方面地区から撤去作業を進め、岩石や切り株を除いた2635立方メートルが鳥取県三朝町の人形峠県境にある鳥取県有地に運び出されました。
 運び出されたウラン残土は、ここに来年建設を予定している原子力機構の加工施設で2008年度からレンガに加工され、2011年6月末までに県外に搬出される計画です。原子力機構はレンガ加工品を原子力機構の施設内で舗装などに使用する予定と説明しています。
 ウラン残土の撤去完了は放置が発覚した1988年から18年ぶり。ウラン残土の撤去協定書が旧動燃と方面地区自治会との間で締結された1990年から16年ぶり。撤去運動の中心となってきた榎本益美さんは「ここまで長い時間がかかったが、18年間の苦労が報われた」と感慨深く話していました。
 この日は奇しくも、私たち「ウラン残土訴訟を支える会」が午後から三朝町の県有地と方面地区のウラン残土堆積場を現地視察したあと、湯梨浜町の中央公民館に榎本益美さん、妻波俊一郎・水野彰子両弁護士、京大原子炉実験所の小出裕章さんを招いて、総会兼報告会を開催した日でもありました。
支える会は名称を「ウラン残土市民会議」に改称し会則を変更して、今後とも活動を継続することを確認しました。市民会議は方面地区にウラン残土がまだ1万2000立方メートル(1000立方メートルは1959年の伊勢湾台風で流出)残っている方面地区の堆積場の後始末や三朝町のレンガ加工施設の作業・搬出を監視していく方針です。
なお、この日のウラン残土撤去とウラン残土訴訟を支える会の詳報は、追ってこのホームページに掲載の予定です。

フレコンバック跡で榎本益美さん
雨の中で最後の2袋の搬出作業